日月神示と時節

20/05/20 日月神示とコロナと菜食とウサギ

日月神示と時節

コロナウイルスがウサギに蔓延している

さて、昨今「なぜ日本はコロナウイルスの影響があまりないんだ・・・」と世界的に話題になる中、一つのニュースが入ってきました。

そのニュースは「ウサギにコロナが蔓延している」というニュース。

そういえば、猫同士のコロナウイルスも蔓延しているようだ、と前書いた記事に書きましたね。
これは確定情報で、コロナが猫の間で蔓延しています。
どうやら人間→猫と、猫→人間とでうつしあっているようなのですね。

これに関しては「病はやるぞ」の記述と、「猫に気つけよ犬来るぞ」という独特な記述が、どうもコロナウイルスを意味しているようだ・・・という点が非常に気になるところです。

地つ 第十六帖 (一五三) 

今に病神(やまいがみ)の仕組にかかりてゐる臣民苦しむ時近づいたぞ、病はやるぞ、この病は見当とれん病ぞ、病になりてゐても、人も分らねばわれも分らん病ぞ、今に重くなりて来ると分りて来るが、その時では間に合はん、手おくれぞ。この方の神示(ふで)よく腹に入れて病追ひ出せよ

コロナウイルスの症状がまさに「病気になっていても初期は誰も分からない・気づかない」「重病になると手の施しようがない」という病気で、上の帖に書いてる通りの症状となります・・・恐ろしいですね。

第十帖 (一八三)

改心すれは型小(ち)さくて済むなれど、掃除大きくなるぞ。猫に気付けよ、犬来るぞ。臣民の掃除遅れると段々大きくなるのざぞ。神が表に出ておん働きなされてゐること今度はよく判りたであろがな。

この帖の記述にある「猫犬に気をつけよ」といったニュアンスの言葉、「猫は中国か?」「犬は朝鮮か?」といった解釈もあるのですが、単純に「哺乳類にコロナウイルスが蔓延するので、近づかないほうがええよ」という意味にもとれますよね。

犬猫というのは、人間にとって最も身近な動物であり、かつ人同士以上に触れたり、なでたり、舐めたり(ヲイ)する濃厚な接触がありがちな愛玩動物です。
故に、いくら人間との接触を絶っていても、かわいい~と犬猫に触れて感染してしまっては元も子もない、ということですね。

そもそも、なぜ神様はコロナウイルスを使ったか

日月神示的な視野に立って、なぜ神様はコロナウイルスを建て替えの仕組に使ったのかということを考察しましょう。
これほど世界の状態に大きな影響を与えた病気です、必ずなにか意味があります。

今までのような無理な働き方を諌めている

コロナが蔓延しはじめた頃「これは失業者などが増えて確実に自殺者が激増する」と巷の掲示板では囁かれていました。が、実際のところ、自殺者は激減したのです。これはなぜか?

第七帖

づ己の仕事せよ、五人分も十人分もせい出せと申してあろ、五人分仕事すれば判りて来るぞ、仕事とはよごとであるぞ、仕事せよ、仕事仕へまつれよ、それが神の御用ざぞ。神の御用ざと申して仕事休んで狂人(きちがい)のまねに落ちるでないぞ、静かに一歩々々進めよ、急がば廻れよ、一足飛びに二階にはあがれんぞ、今の仕事悪いと知りつつするは尚悪いぞ、四五十(しごと)、四五十と神に祈れよ、祈れば四五十与えられるぞ、祈れ祈れとくどう申してあろが、よき心よき仕事生むぞ、嘉事(よごと)うむぞ、この道理まだ判らんのか、神にくどう申さすでないぞ。

日月神示には「五人分も十人分も精出して働けよ」とあるじゃないか。じゃぁ毎日身を粉にして働くことは、この上ない最高の社会奉仕になり、この世のためになるではないか。

えぇ、確かにそうなのです。が、ここで重要なのはあなたが仕事に対してどのような感情を持って働いているか、という点。

第七十七帖

めぐりと申すのは自分のしたことが自分にめぐって来ることであるぞ。めぐりは自分でつくるのであるぞ。他を恨んではならん。

そもそも、自分自身を苦しめることは、自分という「神」を苦しめることになります。苦しむことを続ければ続けるほど、そのメグリは自分の元に戻ってきて、更に苦しむのです。

ここで云う5人分も10人分も働け、というのは、仕事が楽しくて、勇んでやれるうれしうれしの状態で仕事をすることであって、自分を殺して、苦しめて働くようなやり方は完全に間違っているということです。

故に「今の仕事間違っていると分かっていて続けるのはなお悪い」とあるのです。喜びのない仕事はさっさと辞めろ、今までの世の中の仕事はみんなそれではないか!と神様はコロナを通して私達に語りかけているのでしょう。

今までのような苦しい仕事の世は終わる

第五帖 (二六二)

 次の世となれば、これ迄の様に無理に働かなくても楽に暮せる嬉し嬉しの世となるのざが、臣民 今は人の手に握ってゐるものでもタタキ落して取る様になりてゐるのざから神も往生ざぞ、神は臣民楽にしてやりたいのに楽になれて、自分でした様に思ふて神をなきものにしたから今度の難儀となって来たのざぞ、其処にまだ気付かんか、

日月神示にははっきりと「今までのような苦しい仕事の仕方は終わる」と書いてあります。
そもそも、これまでのような無理な生き方をしなければならなかったのは、出世競争で他人を蹴落としたり、他人よりも良いものを得ようと不正を働いたりと、間違ったやり方をし続けてきたからです。

が、幼少期から他人と競争し、人を蹴落とし、社会に出てからも周りは敵ばかり、どのようにして他人を出し抜いてやろうか・・・といったことばかり考えるような思考のサイクルになるよう、あなたたちは教育されてきたのです。

そのような馬鹿なことはもうやめろ、一度立ち止まって自分たちのやってきたことについて考えろ、と神様はコロナウイルスを通して私達に語りかけているのでしょう。

五六七が終わったら七八九が始まる

第十帖 (一一七)

 一二三の裏に 一二、三四五の裏に二三四、五六七の裏に四五六の御用あるぞ。五六七すんだら七八九ぞ、七八九の裏には六七八あるぞ、八九十の御用もあるぞ。だんだんに知らすから、これまでの神示(ふで)よく心に入れて、ジッとして置いて呉れよ。九月の三日、ひつ九のか三。

五六七=コロナ、と解釈すれば、コロナが終わったあとは「七八九」が始まります。
この「七八九」というのはなんでしょうか?

第二帖 (二九三)

 神の国を、足の踏むところない迄にけがして仕舞ふてゐるが、それで神力は出ぬぞ。臣民無くなるぞ。残る臣民 三分むつかしいぞ。三分と思へども、二分であるぞ。

七八九=七分焼く、と筆者は考えています。

日月神示の霊数的に見ると、「一ニ三四五六七八」は四方八方を意味し、私達の住む三次元世界です。
ここに「九十」という縦軸が加わり神界・幽界との交流ができることを「 一ニ三四五六七八九十」と表します。
七八九は縦軸である幽界→神界へと繋がる過程を意味しており、現界の私たちが幽界との行き来が大きくなる=7分もの人が亡くなっていく過程、と私は捉えたわけです。

残念ながら、世界的な認識ではコロナ→世界恐慌→第三次世界大戦世界大戦という流れになるというのが一般的な見方です。

日月神示にある「北から来るぞ」という記述にあるように、最後のときは北から世界各国の軍隊が押し寄せてくるような出来事が生じるとされています。

ユダヤ教にも聖地エルサレムへとロシアの部隊が押し寄せ、最終的には同士討ちを初め、挙句の果てには世界的な大地震が我々人類を襲う、といった内容の予言があります。

いわゆる「終わりの日」まではもう殆ど時間がないのです。
皆さん「身魂磨き第一」です。苦労されてきた方、あと少しです。頑張りましょう。

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