日月神示と実践法

日月神示を声を出して読む意味

神示は声を出して読むもの

第2巻下つ8帖1944
0717
第八帖 (五〇)この神示(ふで)皆に読みきかして呉れよ。一人も臣民居らぬ時でも声出して読んで呉れよ、まごころの声で読んで呉れよ、臣民ばかりに聞かすのでないぞ、神々さまにも聞かすのざから、その積りで力ある誠の声で読んで呉れよ。

私達人間には中々わからないことなのですが、自分という存在を守護する守護霊・守護神が周りにおられます。それら霊を霊界からサポートする霊団がおり、またその霊団に司令を出している神界の高級霊団がおられる、という構成になっているとシルバーバーチの霊訓にあります。

http://www5e.biglobe.ne.jp/~spbook/sb-teachings/sb-teachings-14.htm

「日月神示を音読する」という行為に至った者というのは、霊界からの多大なる導きがあったことは想像に固くありません。

幼少期からの様々な経験・神秘体験を通し、普通の人にはないような不幸・挫折を経験し、その果に神の存在を確信しここにたどり着いたわけで、「神示を音読した」というその行為自体が、あなたを陰ながらにサポートし続けた守護霊団にとっては大きな成果な訳です。

音読は一種の降霊会で、繰り返し神示を読んでいるとお腹や額に異質な感覚を覚え始めます。やがてそれが「神懸かり」というものなのだと、くり返し読むことで分かってきます。

神示を読み続けると神の声が聞こえ始める

第1巻上つ10帖1944
0619
神に目を向ければ神がうつり、神に耳向ければ神がきこえ、神に心向ければ心にうつる、掃除の程度によりて神のうつりかた違うぞ。掃除出来た方から神の姿うつるぞ、それだけにうつるぞ。

「神示を音読する」事の意味は、実際に数十回読み続けないとなかなかわからないものなのですが、音読し続けるとふとしたタイミングで神示のいち部分が頭に響くようになります。
その時の響きは「自分が音読している際の声」がベースとなり頭に響きます。
その頻度は初めはまれなのですが、自身の身魂磨きが進んでいくとその頻度が増えていきます。

これが「神様の声を聞く」ということです。

ただし、身魂磨きが進んでいないと様々な邪念・低級霊の邪魔が入ります。自身が清まっていない状況だと、現界に近い幽界の霊の影響を瞑想中に強く受けるため、そういった誤った声に耳を傾けると「キチガイ」になってしまいます。

昭和の終わり頃にかけて日月神示を取り巻く多くの方々が気が触れたり、自殺者が多数出たというのも、自身の霊性を磨ききらずにこういった幽界の声に耳を傾け、それを疑わず(サニワせず)盲信してしまったために起きたのでしょう。

心に響く神の声は愛に満ち満ちております。そのためには自身の心身を愛で満たし、愛と誠をもって神に向かわなければなりません。自身の魂の波長を清めきらないと、正しい神霊の声を受け取ることは難しいのです。

第3巻普字1帖1944
0810
身魂磨き第一ぞ。八月十日、ʘ の一二ʘ 。
第21巻ソ୭10帖1947
0303
いれものキレイにして居りたらこの方がよきに使ふぞ、今の仕事仕へて居れよ、神示腹に入れて、あせらず身魂磨き結構々々。

身魂磨きがなにより大切。ここをサボると神がかかるどころから低級霊におもちゃにされて道を外し、戻ってこられなくなるわけです。

肉食を断ち、心静かに神と向かう心を持てば、自然と神様からのメッセージの頻度が増えていきます。

瞑想をしよう

第23巻19帖1947
0823
(みみ)に一二三(ひふみ)聞かするぞ、愈々身実(みみ)に聞かす時ざぞ。それぞれ人に応じて時によって、口から耳に肚から肚に知らしてくれよ

神様の声は瞑想中に響くことが多く、まれに「今日は語るぞ」といったメッセージを受信することもあります。短いときは数分、長いときは数時間、瞑想状態で神様からの声を聞くことになります。

「神懸かり」状態に入るにはきっかけがあります。それは「神の気」が入ったタイミングです。

第13巻アメ10帖1945
1127
キが元と申してあるが、キが餓死(うえじに)すると肉体餓死するぞ、キ息吹けば肉息吹くぞ、神の子は神のキ頂いてゐるのざから食ふ物無くなっても死にはせんぞ、キ大きく持てよと申してあるが、キは幾らでも大きく結構に自由になる結構な神のキざぞ。臣民 利巧(りこう)なくなれば神のキ入るぞ、神の息通ふぞ、凝りかたまると凝りになって動き取れんから苦しいのざぞ、馬鹿正直ならんと申してあろがな

ここは経験則で申し訳ないのですが、横になり瞑想状態となり、全身を愛で満たした状態になると、横隔膜が数度震え細かく呼吸をします

これが神がかったタイミングで、以降スイッチが入ったように神様の言葉が頭に響き始めます。

多くの場合、神示を音読した際の自分の声ですが、その声はときに応じて女性であったり、老人の声であったりと、様々です。

神様との会話は自然と頭に流れてくるものを淡々と聞き続けることが多いですが、質疑をするとそれに答えてくれます。ただ、基本的に私はあまり質疑をせず、淡々とメッセージを受け入れることにしています。

霊的知識を増やそう

神懸かり状態での神様からのメッセージはその時の自分の抱えている問題に対しての指摘であったり、世界の問題点に関することであったり、使命として自分がなさなければならないことに関する事であったりと様々です。

ときには様々な映像を見せられます。その映像は見たそのときには意味がわからないものも多いのですが、後になって「あの映像の意味はこれだったのか」といった風にわかることがあります。いわゆるデジャブ体験で、未来視をしているわけです。

これら様々なメッセージは、自分の霊的知識がベースとなるため、繰り返し「様々な霊書を読め」といったメッセージを受け取ります。霊書とは日月神示であったり大本教の経典であったり、シルバーバーチの霊訓であったりと様々です。

http://www5e.biglobe.ne.jp/~spbook/sb-teachings/sb-teachings-15.htm

要するに自分自身の霊的知識が基礎となり、その知識のパーツを組み合わせて様々なメッセージが頭に浮かぶことになりますね。”あなた”というプログラム言語を使用し、あなたの頭の中にある”関数”を様々に組み合わせ、霊が一連のプログラムを”語る”といった感じです。

「ならば自分の知識の範疇のことしか答えられないじゃないか。それは自分が考えている事じゃないのか」という疑問は当然誰しも湧くわけなのですが、不思議なことに自分が信じている事の真逆のことをメッセージで指摘される事も多いのです。

真っ向から自分を否定されるんですね。「誠耳に逆らう」とはこの事です。

神様の声を信じられると何事もうまくいく

これは本当に不思議なのですが、神様の声を聞いて日々そのとおりに行うようになると、不思議なくらい物事がうまくいきます。
私の仕事は電気関係ですが、年一度の年次点検でしかも初めての点検でしたが、びっくりするくらいうまくいきました。電力会社からの電話がかかってくるタイミングは、まさに「神がかっているタイミング」だったので震えるほどでした。

コメント

  1. 黒兎 より:

    ブログ分かりやすかったです!ありがとうございます!

    キチガイ…私も思い当たる節があります

    私は日月神示を読んで以降、統合失調症(キチガイ)になりました
    これは御魂磨きができていないからだと思います

    こういった場合、音読はしない方が良いのでしょうか?
    それとも積極的にすべきなのでしょうか?

    答えていただけますと幸いです
    よろしくお願いいたしますm(*_ _)m

  2. astora より:

    音読は続ければ良いと思いますよ。
    平時に神示の言葉が頭に響くようになりますが、次第にそれは収まります。
    私の場合はお腹の中が引っ掻き回されるような強烈な感覚を初期~半年くらい経験していました。
    ヨガのチャクラでいうと第1~第3チャクラが開いていった感じなのでしょうが、ここで道を外してキチガイになる人が結構いるようです(頭に強く響く声に自己を失ってしまう)
    神示には「他人からみて神がかりと分からないのが誠の神がかり」とあるように、常に一般人のふりをするように。その状態で第4~5へと至るのは生命に対する愛と感謝の気持ち(ここで間違いなく肉食が邪魔になる)、第6は神への愛と感謝で全身を満たせば開き、その状態で深い瞑想状態に入れば第7まで開きます。
    が、ここまで至るには私は25年近く必要としているので、決して焦らず。

  3. レイアウト より:

    日月神示の音読って上つ巻から五十黙示録、補完の月の巻まででしょうか
    まともに音読しようとすると丸1日かかっても終わりそうになさそうな感じですが大丈夫ですか
    コスモ・ビジョン版でいいでしょうか

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